自在置物


自在置物とは

 

 自在置物とは、江戸末期から明治にかけて甲冑職人達の手によって作られ、主に動物をモチーフとして、その生き物の動きを再現させた金属製の置物であり、読んで字の如く「自在に動く置物」である
主に甲殻類や幻獣などが多く残っていて、蟹や海老など海辺の生き物から、昆虫、魚、鳥、はたまた龍や鯱など架空の動物まで、日本中のありとあらゆる生き物がモチーフとして使われている。

自在置物は、主に鉄で作られている場合が多い。もちろん銅や銀で出来ているものもあるが、「鉄で作られている」ということに自在置物のルーツが隠されているのである。
今日、兵庫県姫路市の伝統工芸、明珍火箸で有名な明珍家は、平安時代に人気の高かった甲冑師の一家であり、鍛鉄の技術に長けていた。だが、江戸時代の後期には鎧兜の需要も減り、さらに明治9年に廃刀令という甲冑師にとっては職を失うも同然の出来事もあり、その鎧兜を作る技術を応用し、自在に動く置物を制作した。

自在置物とは、今でこそある程度認識も付いてきたが、少し前まで名前すらなかった日本金属工芸品の一分野であり、日本の金属工芸の中でもまだまだマイナーな分野である。そもそも、なぜここまで知名度が広がらなかったかというと、江戸末期から明治にかけての海外の輸出や、客人へのお土産として主に作られていた世界に誇る日本の自在置物は、そのほとんどが海外へ渡ってしまっており、地域に根付くことなく日本工芸の歴史の中に埋もれていってしまったからである。
しかし一方で、海外では今でも根強い人気がありコレクターも多く、ロンドンのVictoria and Albert museumにも、昆虫や龍など沢山の自在置物が所蔵されている。また、東京芸術大学の創始者、岡倉天心は、自在龍置物を見て、自在置物の伝統を美術学校の鍛金教育に取り入れようとしたところからも、日本における工芸品としての自在置物の重要性が伺える。そういった時代背景もさることながら、江戸時代の甲冑職人達が仕事の合間を見つけ、道端で見つけた昆虫を作っては同じ職人仲間に自慢しあっていた姿を、小さな置物一つ一つから想像でき、粋な遊びをしていたものだと感心するばかりである。


2008年 「美術コレクションケア展」より